
なだらかな丘陵地に放牧牛遊ぶ、竹の島。
その名のとおり島全体をリュウキュウチク(大名竹)に覆われた、起伏の少ない平坦な島です。黒土の畑のほとんどには牧草が植えられ、緩やかな丘陵地に広がる一面の放牧場には、黒牛がのどかに草を食んでいます。海岸のほとんどが絶壁で、島を囲む海は透明度の高いマリンブルー。のぞき込むと極彩色の熱帯魚が群れ泳ぐ姿が見られ、釣りはもちろんのこと絶好のダイビングスポットが広がります。
■周 囲:12.8km ■面 積:4.20km2
■人 口:87人
■人 口:87人
島の随所に縄文後期の遺跡地があり、三千年以上前から人が住んでいたものと思われます。聖大明神社をはじめ、島の平安を祈念して建てられた六地蔵、島独特の埋葬の墓石群など、壮大なロマンと素朴な島民との心のふれあいを求めて訪れる旅人や釣り人も絶えません。

ガジュマルの門
地区内の道路を横切る、まるで門のようなガジュマルの大木。その鬱蒼と茂る姿に神が宿っているような趣をただよわせる、島のシンボル的存在です。

大名竹の竹林
竹島は、その名のとおり島全体を 大名竹(リュウキュウチク)に覆われた島です。5月頃収穫されるタケノコは、柔らかく風味にすぐれ、煮ても焼いても、その味わいは絶品です。

オンボ崎キャンプ場
島の最西端に位置する景勝の地。昭和硫黄島の奥にはモクモク噴煙を上げる硫黄島、さらに晴天の時は屋久島まで見わたすことができます。

籠港
島の南側に位置し、時化の時の漁船の避難港として利用されています。切り立った断崖の景観は自然の造形美。夏になると湾内にキビナゴがたくさん入ってきます。

孔雀闊歩し、活火山のエネルギー
あふれる、平家ゆかりの歴史薫る島
あふれる、平家ゆかりの歴史薫る島
三つの島の真ん中に位置し、白煙噴く硫黄岳を抱く硫黄島は、火山のエネルギーに満ち、自然の雄々しさを感じさせる島です。霧島火山帯に沿って噴出した海底火山の一つである硫黄島は、鬼界カルデラの中央火口丘に当たり、絶え間なく湧出する様々な温泉により七色に染まった海岸線が神秘的な趣です。野趣あふれる海岸の露天風呂も火山からの贈り物。島を闊歩する野生化した孔雀の姿も、生命力にあふれています。
■周 囲:19.1km ■面 積:11.74km2
■人 口:128人
■人 口:128人
かつて俊寛が流刑された鬼界ヶ島はこの硫黄島とされ、俊寛ゆかりの史跡も多数見られます。平成8年には中村勘九郎丈によって、世界史上初、史実の地での歌舞伎公演「俊寛」が披露されました。また壇ノ浦の海中に果てたとされる安徳天皇が落ち延びた地といわれ、その史実を示す史跡、史料も多数存在しています。

東温泉
硫黄岳を背景に、白波うち寄せる岩場にわき出した温泉は、野趣あふれる露天風呂で全国の秘湯ファンの人気を集めている。泉質は硫黄ミョウバン泉で、皮膚病などによい。港から徒歩で40分〜1時間、無料。

坂本温泉
島の北の海岸沿いにある、潮まかせの野趣あふれる温泉です。干潮時には、かなり熱めの湯が湧きだしていますが、満潮時には囲いの切れ目から海水が入り込んで天然の温水プールに。無料。

城ヶ原牧場
只今準備中です。

恋人岬
島の南西部にある永良部崎の公園。周囲はシャリンバイ、ツバキの自生地で、近辺の海はイシダイ、ヒラスなどのフィッシングポイントです。公園からは、晴れると正面には屋久島、口永良部島、そして種子島の島影を望むことが出来ます。

多彩な動植物と豊かな漁場を育む
緑深い森の島
緑深い森の島
村で最大のこの島には大里、片泊という二つの集落があります。他の二島に比べ島全体に森林が多く、動植物も豊富で、様々な渡り鳥や昆虫など、多彩な自然の姿が見られる島です。森林からわき出る清水は海岸の断崖で滝となり、白滝の美観を見せています。離れ瀬の多い島周辺には、絶好のフィッシングポイントが散在し、とくに塩手鼻、赤鼻などはイシダイのメッカと言われ、島内外から釣りマニアが訪れています。
■周 囲:20.1km ■面 積:15.51km2
■人 口:213人
■人 口:213人
緑豊かな自然環境のなか、椎茸栽培や大名竹などの収穫に恵まれ、特産品として出荷されています。また広大な土地を生かして牛の放牧も盛んで、足腰の強い「みしま牛」の育成に力が注がれています。海岸線の奇岩や断崖など景勝の地で、日没時の美しいサンセットラインは圧巻です。

黒尾大名神社
昔から九郎大明神とも黒尾大明神ともいわれています。文禄4年(1598)以来の棟札がありますが、古い記録には祭神不明とされています。

黒島の滝
緑豊かな森林からわき出る清水は、海岸の断崖で無数の滝となり、白滝の美観を見せて海へ注いでいます。

平等大彗会妙塔
大里港背後の丘の上に建つ、琉球造りを思わせる朱と白の建物。久遠の昔から、島民たちが生きるためにいろいろな動植物の命を絶って食してきた罪を供養するために建てられたものです。

白衣観音像
明治28年、台風で塩手鼻に避難していた漁師たちが、突風にあおられ岸壁に激突。「黒島流れ」と呼ばれるこの事故によって亡くなった411名の犠牲者を悼み建てられた観音像です。

特攻平和観音像
太平洋戦争中に鹿児島県大隅半島の基地から特攻隊員として出撃し、黒島に不時着。島民の助けで生き延び、終戦までを戦友と共にこの島で過ごした元特別攻撃隊・江名武彦さん(川崎市在住)が2004年に建立した像です。戦争で散った友への思いと平和への祈りがこめられ、毎年慰霊祭が開かれています。
